蜜色週間
    
  〜パレードが始まる前に 後日談
              初夏の短編詰め合わせ



   .新緑萌ゆる



今年は何とも目まぐるしい春先で。
例年以上に駆け足で暖かい日がやって来たかと思えば、
夏日を記録した翌日に雪がちらつくほどにも寒の戻りが極端だったりした挙句、

 「ボクらは仕方がないけど、普通一般の人たちも、」

じゃあ いつ集まろうかと、のんびり時間合わせしている暇がなかったらしいですよ?と、
すっかり若葉だけとなっている桜の梢を見上げて、虎の少年が残念そうに苦笑する。
淡い色合いで構成されている彼なので、満開の桜の下では同調して溶け込んでしまったろうが、
今はむしろ萌え初めの柔らかな緑を前に淡色の髪や肌がよく映えているほどで。
春の到来のダメ押しでもあろう、薄緋色の花。
一輪だけなら地味で可憐な小花なのに、
最初の数輪が咲くと雪崩を打つよに一気に樹全体が花開き、
周縁に居並ぶ同族もまた 誘い合わせるように一斉に咲くため、
あれよあれよと満開になってしまう特長があり。
よって開花宣言が為されると1週間以内に予定を刷り合わせねば “みんなで花見”は間に合わぬ。
例年の開花はなんだかんだいっても四月に入ってからで、
子供らの入学式に文字通り花を添えるそれが、今年はまた極端な早咲きとなり、
四月に入った途端、もう満開の見頃だというところも続出で。
関西人のもーりんの住まうところでは大阪造幣局の桜の通り抜けが14~15日あたりに始まるので、
間に合うのか散ってしまわぬかと例年以上にそわそわさせられたのだが、
遅咲きの八重桜が多いので今年もなかなか見頃だったとか。
(ただ、春一番か風が強くって、
目も開けられないほどの花吹雪が壮絶な瞬間も多かったらしいです。)
社の接する街道の取っ掛かりにも、
元は何かしらの施設だった跡地にあったのそのまま引き継いだのだろう桜が数本植わっていて。
もうすっかりやわらかな若葉の赤ちゃんたちが顔を出し、
時折強いめに吹き付ける風に遊ばれては、身を寄せ合うよになって はためいている今、
知っていなけりゃ桜だったなんて判らないほどに様変わりしており。
だが、それを言えば咲く前だって 土地の者でないとなかなかそうだとまで判らぬはず。
花の後に葉が出る樹なので、お散歩コースででもありゃあともかく、
敦のように それっと社から飛び出してって目的地までを駆けてくのが日常なタイプには、
花がついていない冬枯れ状態の段階じゃあ 何の樹だかまでは判るまい。
何だったら咲いていても気が付かないかもしれぬほど繁忙期だったりもするというに。
流石は虎の子、観察力というよりも感知力は優れているからか、
萌え初めの気配でそれと気づいてたらしく。

 「谷崎さんに 油断してちゃあいけないよって教わってて、
  通るたびに “まだかなまだかな”って見上げて待ってたんですが。」

ホントに1週間って短いなって。
あ、小さく咲いてるって気づいてから、ちょっと油断していたら
もう葉っぱも覗いているし はらはら散り始めてて。
一度ちらっと眺めた時は そりゃあみっちり咲いてて見事だったのになぁと、
ゆっくり見ていられなかったの惜しんでだろう、残念そうに眉を下げる。
まだまだ少年、双眸も丸みが強く、頬もするんとしている童顔なので、
ちょっぴりヘタレな、何ともお人よしそうなお顔だが、
これで怒らせれば、炯々と光る双眸つり上げ、血を吐くような怒号を上げて、
立ちふさがる諸悪へ容赦のない拳(虎化しておれば鋭い爪付き)を振るうのだから、

 “舐めてかかっちゃあ大怪我するものね。”

彼がそうまでいきり立った場合ともなると、
前提が前提であろうだけに自業自得以外の何物でもないながら、
殴られた側は堪ったもんじゃあないだろう。
そんな物騒なことを胸中にて想っていようなぞとはおくびにも出さぬまま、
無邪気に萌え初めの新緑を見上げる少年へこそ
太宰は眩しいものでも見るかのように目を細める。
伸びやかなのは成長期にある肢体のみならず、その心根もそりゃあ柔軟で微笑ましい。

 「それにしても、敦くんも随分と周囲へ目を配れるようになったねぇ。」
 「そうでしょうか?」

流石は教育係さんで、敦の様々な挙動にはちゃんと目を配ってもおいで。
少しずつ育ってゆく少年のあれやこれやも様々に、気づいたものが多々ある中、
探偵としてなら警戒や観察は基本だが、そういう一種殺伐としたものではなくて、
それは微笑ましい成長とやらにはこれで結構ほのぼのとさせられてもおり。
え?と。褒められたのかなぁ?なんて ほのかに含羞む虎くんなのへ、

 「ああ。花や木々の名前とか、果物の旬や、
  そうそう、そういやオリオン座も造作なく見つけられたよね?」

俳人や書道家といった芸術方面の関係者でもあるまいに
彼らが手掛ける仕事へ直接要りような知識じゃあない。
余裕のある数寄者が好んで収集するよな雑学だが、
案外とひょんなところで役立ちもするし、
目端が利くという利発さとは違い、情緒を解する心豊かな性質を感じさせ。
何よりこの、指通りのいい絹糸のよな白銀の髪に白い肌、
宝石のような双眸に、若木のようなしなやかな痩躯という、
一見繊細そうな風貌の少年には似合いの感覚でもあって馴染みもいい。
…先程述べたよに、怒らせると相手が吹っ飛ぶ虎の膂力を発揮しもするが
それは非常時のみなので まま今は蓋をして。(う〜ん)

 「大した成長だと思うよ、うん。」

思えば、限られた狭い世界しか知らなんだ身がいきなり大人ばかりの“世間”へ放り出されたのだ、
何につけ未熟なのは当然だし、文字通り右も左も判らずで、
目まぐるしい、しかも失敗は許されない本気の世界を直近にし、
物怖じから ただおどおどして立ち尽くしていたってしょうがない。
しかもその上、当人にはお思い及びもしないこと、
実は虎になってしまう異能者であったと判明し、
多額の懸賞金付きで裏社会から狙われの、
ヨコハマでも指折りの大手犯罪組織で絶賛台頭中の
若き殺人鬼様から目の敵にされのと、
そりゃあもうもうジェットコースターどころではない異常事態の連続に翻弄されては、
周囲の草花になんぞ注意を払っている場合じゃあなかっただろに。
梅や沈丁花の話が出れば 次は桜だとワクワクしたり、
あっという間に散ってしまったの、残念だけどしょうがないと寂寥を咬みしめつつも頬笑んだり。
内面の成長だ、喜ばしいとしながらも、先輩美丈夫さんはこうも付け足すのを忘れない。

 「それが全部、あの蛞蝓の仕込みなんだろうというのが悔しい限りだけれど。」
 「ぜ、全部じゃないですよぉ。
  太宰さんから教わったことも少しはあのそのえっとぉ…。」

  ってゆうか、蛞蝓って言うのやめてください。あんなカッコいい人なのに。
  やだね。第一、向こうだって私をまっとうには呼ばないのだからお相子さ。

大人びた風貌が一変し、大人げなくも“あかんべえ”なんてして見せつつ
そんな憎まれを言い返した背高のっぽな上司様の肩の向こう、
これも同じく中也から教わったヤマボウシの樹が
新緑手前の発色のいい萌え緑にいや映える、真白い花をたわわに咲かせており。

 『良いか? 敦。』

判らないことがあったからってすぐ人に訊くのは控えろと。
その中也からしみじみと言われたのが、その名を教わった折だ。
ああ、そうですよネ、それじゃあ学習しなくなる、
子供じゃないのにいけませんよねと肩をすぼめて反省しておれば、

 『…そうじゃねぇよ。』

しょげさせたことへの反省か、彼もまた形の良い細い眉を下げると
手套を嵌めた手で帽子の腹をぐいと押し込み、
鍔の庇がお顔に影を落とすほど深めにかぶり直して見せて。
ああこれは表情を見られたくないみたいと、そうと察する子虎くんへ、

 『手前、そうやって訊いた後、いつもすげえ いい顔すっから。』
 『…はい?』

それはまさに春のあけぼの。
やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、
紫だちたる雲の細くたなびきたる中をじわりと明るみが増してゆく頃合いの
ひんがしの空のように。
え?と呆気にとられてから、目許口許へじわじわと喜色が滲み出し、
ぱぁあっと全開で嬉しそうに満面の笑みとなって “凄い凄いvv”と感動と共に抱き着いてくるのが、
なんかもうもう可愛いったらなくって。

  ただ、これと同じことを他の人間へもやっとるのかと思うと
  特に太宰へやらかしてないかを案じると、

居ても立っても居られないのか、

 『いきなりスマホを取り出しつつ、ううう〜〜〜〜っと唸ってしまわれる。』

無事かは変だな、いま何してるというのがマシかな、糞鯖は一緒か?が手っ取り早いか、
でもそれで思ってた杞憂が現実のもんだったらどうすんだ、おい、と。
ぶつぶつ独り言が始まるので一応撮ったが要るか?と、
芥川から画像やときには動画が届くらしいというのは まだ中也本人へは言ってない。


  あれ? 何の話をしてたんでしたっけね?(こらこら)


とりあえず、

 中也さん、お誕生日おめでとうございますvv

日曜や ましてや祭日、GWに休みが取れる身じゃあない虎の子くん。
そこは自分も似たようなものの中也が、それでも朝は自宅に居たところ、
どこぞの敵対組織による朝駆けかと思わすほどの不意打ちで
ぴんぽぉ〜ん♪と軽やかに自宅の玄関チャイムが鳴り響き。
起きてはいたが油断しまくり、
やや着崩れしているパーカージャージの上下という寝間着姿でいたものだから、

 「えっっ、あああああ、敦かっ?!」

どひゃあと驚いたし、こんな恰好でと大きに狼狽えもした兄人さんだったが、
待たせるわけにはいかないと、あたふた上がり口まで馳せ参じて。
優美な曲線仕様の框から大きく踏み出しドアを押し開けば、
赤やオレンジ、ピンクのガーベラとカスミソウの花束を抱えた愛し子が含羞みながら立っており。

「ああ、あのあの、今日はすいませんどうしても仕事なんで、
 こんな時間に押しかけちゃってすいませんっっ。」

白いシャツにネクタイ、サスペンダー付き七分パンツという
いつもの仕事着といういでたちの、白髪頭の愛しい子。
色白な頬が薄紅色に赤く染まっているのは、
花屋さん経由での大急ぎでやって来たからか、それとも
先触れなしの早朝訪問なんて不調法をやらかしたことへの恥じらいからか。
呆れられてないかな、叱られないかなと、勢いよく下ろした頭を恐る恐るに上げるのが、
何とも言えないおどおどした上目遣い付きで愛らしく。

 “何だ こいつ、朝っぱらから俺を萌え殺しに来たのかっっ。////////////”

最恐スナイパーかよと、
日頃は頼もしいほど厳つい指を ばらばらに折り曲げ、
息苦しいのと縋りたいかのよに、
自分のジャージの懐ろ、がっしと鷲掴んだから
落ち着け、箱入り五大幹部様。(笑)

「…あつし。」
「はいっ。」
「こっちも晩は空いてねくてな。」
「はい。それは…仕方ありません。」

ふにゃんと、ほのかに寂しげに、それでも精いっぱい笑ってくれた愛しい少年。

「大したもの、思いつけなかったんですが。」

ズボンのポケットから取り出したのは、
ビロウドっぽい質の濃色の包装紙にてくるまれた、
ぐうに握ったご当人のさほど大きくはない手の中に収まりそうなほど小さな何かで。

「???」

目の前で確かめるのが礼儀かと、真っ赤なリボンを解こうとすれば、
突然ますます真っ赤になって、

「ああああああのあの、それじゃあ、ボクはこれにてっ。」
「え?」

どっかのやつがれくんみたいな口調でぎくしゃくと言い置き、
わたわた大慌てで回れ右をした敦だったが、

 「………おおおお。////////////」

一体どこの鉄砲玉かというほど素早く立ち去り、
何だよ素っ気ないなぁと、赤毛の幹部様がしゅんとしかかったのもつかの間。
豪奢な花束をテーブルに置き、
包みを解いて出て来たフラッシュメモリをパソコンへセットしたところ、

 【 はっぴぃばぁすでい・とぅゆう〜♪ 】

先程ほどではないにせよ、照れまくりの一生懸命
でぃあ中也さん♪と歌っている敦くんの動画だったものだから。

 「おのれ、人虎め。ウチの五大幹部に何をしたっ

通り魔のよにさっさと帰ってしまった罪なプレゼンターさんに、
すっかり魂 弄ばれた幹部様。
半日経って熱がどう暴走したやら、殲滅作戦では ひゃっほーと快走しまくり、
勢い余りまくって現場を必要以上に破壊しまくり。
補佐役だったの黒獣の君が、
いつもは収拾される側なの返上し、頭を抱えて悲鳴を上げたほどだったそうな。



      to be continued. (18.04.29.〜)





NEXT


 *サブタイトル長くてすみません。(笑)
  GWとそれから、誰かさんと誰かさんのBDの週なので、
  真ん中BDも込みで短いお話を詰め込んだあれこれ、
  こちとら休みじゃないんだよんという腹いせに
  時間が許せば書き殴ろうかと。(腹いせって…)
  拍手お礼という格好でもよかったのですが、
  OSによっては見られない人もおいでだそうなので
  別の妙な中篇と順番このUPになりそうですが、どうかご容赦を。

  …で。
  抒情面での教育者が中也さんというのはウチだと芥川くんもなのですが、
  年少さん二人とも、頭脳派の太宰さんが格闘というか実技担当で、
  前衛の中也さんが内面を育んだというのは何だか微妙。
  ウチのだざさんは そこそこ情緒も解する人だと思うのですが…。